SVと闇の中ともがくことと心理臨床と「私」

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日々の色々

※読者様の何か役に立つような記事、というよりも、私の中で何か形にならないものをつらつらと書いただけの内容です。それでも何か、ただ私のために、何か残したいような欲求が。

特に最近、日々クライアントさんとお目にかかる中で、私自身の中に何かうまく言語化できない、モヤモヤが生じます。

最近のSVと、道中のバイク移動と、クライアントさんに思いを馳せる時、の「私」についてただ思いつくままに。

SVの道程

私は最近、SVを受け始めました。

自身で模索していく中で、それだけではいけない、的外れな道を進んでいたらどうしようということで、研修会で一目惚れした先生にお声かけしたことが、きっかけです。

ただ、遠方で、電車賃も馬鹿にならない。

趣味のバイクと一緒にSVに出かけたら、交通費の削減、道中の楽しみが一つ増えるのでは無いか、といった思いつきで、ある日バイクで向かうこととしました。

近頃の臨床で生じる感覚と、怖さと尊さとSVと

その瞬間瞬間の時間と空間を共にするクライアントさん。

初めてお目にかかる方、何回かお目にかかる方、検査のためにお目にかかる方。

クライアントさんと私に生じる、何か。

言語内容だけでない何か。

私に生じた感覚は、私のセンサーの誤作動なのか、共感的な理解なのか。

わかった気がする感じ、どうも全くわからない感じ、相対しながら、仮説を立て、修正を繰り返したり、頭の中がパンクしたり、身体に何かが生じたり。

闇の中を手探りで、歩くような感じ。

ある日のSVからの帰り道

SVを終え、具体的な方針、私の心構え、他、生じたさまざまな感覚を胸に、バイクにまたがります。

天気予報は晴れ。

ところが、突然のスコールに見舞われました。

急いでカッパを着用し、荷物にもカバーをかけます。

少し先の道が見えない大粒の雨。

カッパごしに伝わる雨粒の衝撃。

しばしば間違える道。

予想外に深い、急激にできた水たまりに足回りが取られる。

往路よりも明らかに時間のかかる復路。

苛立ち、先の見えない感じ、怖さ。

それでも進むしかない。

雲の切れ目と共に、見慣れた道路に出た時の感覚。

帰宅でき、バイクを止め、拭いて、エンジンの熱がひいた頃にカバーをかける。

身体に生じる、疲労感と、その中にある何か。

インカムから聞こえるカーナビ

私の行きたいところに反対しないカーナビ。

速度が遅かろうが、細かく言ってこないカーナビ。

道を間違えると、当初とは違う道順でも、行きたいところへの指針を示してくれるカーナビ。

順調に進んでいる時は、ただそこにいるカーナビ。

時々思いついたように、思わぬひらめき(?)を言ってくれるカーナビ。

SV

SVでは、具体的な助言を請わない限り、私の中に何か生じること、を重んじてくれてい(るように、私は感じてい)ます。

私に生じる具体的で無い何かも、怖さを感じる感覚も、これはいいぞと感じる感覚も、等しく尊んでくれてい(るように、私は感じてい)ます。

私という人間が、感じること、模索すること、それそのものを尊重してくれています。

ただSVが自発的、具体的におっしゃってくれる時は、私が明らかに、クライアントさんの不利益につながりそうな時(のような気がします)。

何か、偉い先生のご講和を一方的に聞き、ノートにせっせと懸命に取る作業とは違う感じがします。

どちらが良い、悪い、ではなく。

闇の中、道筋も、おおよそのこれからの距離も、景色も、わからない中、私が何かを掴むことを、見守ってくれているような、こらえてくれているような、不思議な感覚。

自由に振る舞えるのだけれども、独り空を切るのではなく何かをほどよく感じるような感覚。

人の心に寄り添う、とか、理解しようとする、とか、私のしようとしていることは、とても業が深く、恐ろしいことでもあるような、気がします。

なんだかスッキリしない、はっきりしないからどこか恐ろしい何かを感じながら、今私が感じていることを。

書いた瞬間、投稿した瞬間、その時の私と、今の私と、これからの私は、また違う気も、するのだけれど。

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